アジアに最も近い九州、沖縄には昔から、外国の文化が伝来してきた歴史があります。関東はもちろん、関西よりも早くいろいろな諸外国の文化がもたらされるので、先進的な土地として和雑貨も独自の文化が発展してきたはずです。そこで今回は、九州・沖縄に残る伝統工芸や和雑貨を見てみます。
日本の文化というと素朴やシンプルさをイメージする人が多いですが、本来、着物などを見ても日本のデザインは色とりどりで美しく、特にその傾向は外国文化が盛んに入って独自の発展を遂げた九州や沖縄で見て取れます。特に現在もなお人気の高い、
などは、カラフルな色合いが美しい和雑貨です。琉球ガラスに関しては第二次世界大戦後に盛んになったので歴史で言えば新しいですが、独特の背景を持っているので面白い雑貨になります。詳しくチェックしてみましょう。
切子とはガラスに彫刻を施し、さらにその上に彩色をしたガラスを被せる技術を言いますが、当時その技術は日本国内で現在の鹿児島、薩摩藩にしか存在しませんでした。当主の島津斉彬が藩をあげてサポートした文化で、その技術が後に日本中に伝わりました。現在、大人気の江戸切子も元は薩摩切子から技術を学んで発展した歴史を持ちます。
島津斉彬の死後、薩摩切子は下火になり、職人も江戸に流れてしまいましたが、近年は鹿児島でその薩摩切子を復元させる機運が高まっています。
実際に磯工芸館などが熟練した職人の技術で薩摩切子を復活させ、全国的に売り出しています。全ての切子の元となった美しいガラスの雑貨を、生活に取り込んでみてください。
琉球ガラスは非常にユニークな歴史を持っています。第二次世界大戦後に米国が軍事基地を置き、大量の兵隊を同地に駐留させるようになったころからスタートします。
コカコーラやビールの瓶を回収し、そのガラスを再利用してガラス製品を製作し、米国人に日用品として売るところから歴史がスタートしています。現在はさすがにガラスの素材が入手しやすくなったので、米国の兵隊が捨てた空き瓶などを使う必要はなくなりましたが、琉球ガラスはなおも人気で、その独特の温かみが米国人にも日本人に受けています。
染料に沖縄のカラフルな植物などを利用しているため、色味はカラフルで素敵です。
地域の住人は当然ですが、同地に訪れた旅行者は薩摩切子や琉球ガラスをお土産に買って帰り、日常的に利用したり、贈り物にしたりして楽しんでいます。南国特有の色合いが使われているので、特に北国の人は同じ日本の日用品とは思えないかもしれません。しかしその新鮮な驚きが使い込んでいくうちに愛着に代わっていく魅力があるので、ぜひとも注目してみてください。